魚とくについて


          ご挨拶


 初代、私の父はお客様に美味しい魚を届けたいという想いがとても強い人でした。鮮魚店に人生をかけ、お客様の笑顔を一番の糧にしている仕事人間で、お客様に対する話し言葉やお客様を必ず笑顔にして帰すこと等、魚の切り方以上にお客様に対する気遣いの大切さを叩き込まれて育てられました。

 さらに、その気遣いはお客様だけではなく、魚に対しても向けられていました。ある時に臭いのする食品を食べ魚を切っていたのですが、その時父はすごい剣幕で「変な臭いさせて魚切りやがって、魚に対して失礼やろ!」と怒鳴りました。それ以来、私は臭いのきつい食品を口にしていません。それが、人のために命を捧げてくれた魚への敬意だということを父に諭してもらったからです。

 私は初代から受け継いだ、商人(あきんど)の精神をこの身に体現して、これからも魚を一匹一匹大切に加工し、一人でも多くの方に美味しい西京漬を届け、喜んで頂けるよう励んでまいります。  店主 西村明則


京味いちづのゆわれ 


 初代店主、西村徳二から受け継いだ伝統の京都の味を「いちづ」に守り、子々孫々にその味を継承していく店主の覚悟と京都本来の「西京漬け」の味を普くに伝えていき、京都の味に一人でも多くの方が興味をもって頂けるよう努めてまいりたいという信念のもと、店主が名づけた「京味いちづ」

我々はこの信念のもと、京都の本物の味を正しく継承し全国津々浦々に「西京漬け」を広め、そして西京漬けといえば、「魚とく」と仰って頂けるその日まで、日々怠らず精進を重ねていく次第でございます。

魚とくの秘伝の白みそ


魚とくでは、初代から受け継がれた秘伝の白みその配合レシピがあり、その味を代々守っています。

しかし守るだけではなく、その都度時代にあった味に改良を加え、長くご愛好して頂けるまでになりました。

そんな魚とくの秘伝の白みそ大きな特徴二つあります。


「袋を開けて、まず白みその香りを楽しんで頂きたい」(店主)

 まず、一つに粒白みそを基盤にして秘伝の白みそを作っている点です。

この「粒白みそ」を使うことで西京漬けの白みその風味が圧倒的に変わります。その違いは歴然で、魚とくの「京のみそ漬け」は袋を開けた時の白みその匂いが全く違います

 また、魚が焼けてくると白みその芳醇な香りが広がるのも特徴です。そして、何よりも魚を口にした時と後味の鼻から抜ける、白みその風味が何とも京都らしい上品な香りで、さらに食欲を掻き立てられます。


白みそと水分が分離した二番みそ
白みそと水分が分離した二番みそ


「二番みそでお好みの食材を漬けて下さい」(店主) 

 二つに、魚とくの白みそは再利用できる点です。魚とくの「京のみそ漬け」は一番みそで漬け込み、そして袋詰めして真空パックにするタイミングで、二番みそを一緒に入れて真空にします。

この二番みそは「粒白みそ」だからこそ出来るみそで、粒子の細かいみそだと魚を漬け込んでいる時に、魚から出る水分と混ざって液化してしまいます。すると、白みそが生臭く不衛生になって使うことが出来ません。

 しかし、魚とくが使用している「粒白みそ」は粒子が粗いので魚の水分と混ざらず分離するので、水分を取り除けば二番みそとして再利用できます


新大宮 魚とく
新大宮 魚とく

魚とくの歴史



◎魚とくは京都市北区の新大宮商店街に、終戦間もない1946年(昭和21年)に創業しました。

◎1917年(大正6年)に生まれた創業者、西村徳二は昭和に入り老舗の鮮魚店で修行を重ねていました。その後、徴兵され戦乱の中に身を投じるが、難を逃れ無事に帰国後、かねてより夢であった鮮魚店を新大宮通りに開店。

◎新鮮で美味しい魚を届けたいという願いのもと、常に品質の良い魚をお客様に提供し続けていくにつれ、いつしか高級鮮魚店として名を馳せました。


◎当初、西京漬は余った魚を漬け込み販売していましたが、予想以上に反響が大きかったため、西京漬用に魚を卸し大々的に販売を開始しました。

◎そして二代目の現在の店主が、2000年(平成12年)に京都市中京区の烏丸御池のメインストリートに、京都で初めての真空調理法による長期保存が可能になった個別パックの西京漬だけを取り扱う、西京漬専門店を開店。秘伝の白みそで漬けた西京漬や実用新案登録証特許取得の創作風味みそで漬けた西京漬等、数多くの西京漬が並ぶ店舗に。

◎現在では、二代目店主と次期三代目店主が共同開発した、西京漬け干物やはんなり西京焼き燻製等、西京漬をさらに進化させた京都初、日本初の商品も数多く並ぶようになりました。

西京漬のさらなる可能性を求めて、日夜研究の日々を過ごしています。

魚とく 御池店
魚とく 御池店